株式投資で資産を爆発!

中国株 成功への道筋

やっと中国株で資産が2倍程度をウロウロするくらいになりました。とは言っても、決して平坦な道のりではありません。
そんな道のりを、あなたと共有して、ともに資産をふやそうではありませんか。

継続力

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ランキングがんばっています。
よろしくお願いします。



●川嶋あいさん(20)をご存知の方は多いでしょう。


 恥ずかしながら、私はほとんど(全く?)知りませんでした。
 この方面はひどく疎いもので・・・。



●ところでこの川嶋あいさん。

 これまた有名な話だと思いますが、路上の1000回ライブ。


 昨日の夜、ただ漠然とついていたテレビから川嶋あいさんの路上1000回ライブについてドキュメンタリーを流していました。

 この物語にはとても胸打たれるものがありました。



●15歳で一人上京。歌手になりたいという気持ちを持って・・・。


 しかし、慣れない高校生活に戸惑います。

 同じ高校に通う友達が、芸能活動を始める中、全く仕事の無い自分自身に対して、次第に焦りを感じます。




 「自分は歌を歌う場所が無い」・・・と。




 そんなとき母に励まされ、路上での1000回ライブを約束するのです。



●やっと歌う場所を見つけた川嶋あいさん。


 しかし、路上ライブ初回の四谷では、誰一人として立ち止まって聴いてくれる人なんていなかった・・・。


 しかも、路上ライブを始めて半年が経過したところで、遠くから励ましてくれた母が急死。




●普通であれば、誰も聴いてくれない路上ライブ。
 心から励ましてくれた母の死。



 挫折してもおかしくない状況だったかもしれません。



●しかし川嶋あいさんのすごいところは、この状況でも路上でのライブを止めなかったことです。


 例え聴いてくれる人がいなかったとしても、母との約束を果たすために、来る日も来る日も路上でライブを続けました。




 するとどうでしょう。




 足を止めて聴いてくれる人が少しずつ増えてきました。
 マスコミにも少しずつ取り上げられるようになりました。



 路上ライブ1000回を待たずして、CDデビュー。



 渋谷で行われた1000回目の路上ライブには、1000人もの人だかりができるほどの状況にまでなりました。



●とても素晴らしいお話だと思いますがいかがですか?
(私の記憶で書いていますので、多少間違いがあるかもしれません。しかし、大きく食い違っていることはない(と思います))




 人それぞれ感じ方は違うかもしれません。




 「ちょっとやってみて上手くいかないからといって、止めていたら何にも達成できない。」

 「小さなこと(路上ライブは決して小さなことではないと思いますが・・・でも「継続」すること、しかも人並み外れた「継続力」はとてつもないパワーを持っている。」



 私は、この2点について、これからの生活で忘れてはいけないと肝に銘じました。



●最後に余談ですが、最近「テレビ東京」が大のお気に入りです。

 普段、あまりテレビを見ないのですが、「テレビ東京」はとても実のある番組をやっていると個人的には感じています。


 今一番のお気に入り番組は、「カンブリア宮殿」です。

 昨日もネットライブ配信で今週分と来週分を、ノーカットで先取りさせていただきました。


 ちなみに、川嶋あいさんのこの番組もテレビ東京でした。







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●今回はどうしても紹介したい文章がありますので、予定を変更して紹介させていただきます。

 アフィリや今までの中国株とは全く関係ないものですが、とてもいいお話ですので、もしよろしければご覧ください。





【縁を生かす】

 その先生が五年生の担任になった時、生徒の中で一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになった。

 ある時、少年の一年生からの記録が目にとまった。
 「朗らかで、友達が好きで、人にも親切、勉強もよく出来、将来が楽しみ」とある。「これは間違いだ。きっと他の子の記録に違いない」先生はそう思った。

 二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。

 三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」後半の記録には「母親が死に、希望を失い、悲しんでいる」とありました。

 四年生になると「父は生きる意識を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力をふるう」

 先生の胸に激しい痛みが走った。

 駄目と決めつけていた子が、実は、突然深い悲しみをじっと胸に収め、必死になって生き抜いている生身の人間として、自分の前に現れてきたのだ。先生にとってまさに目を開かれた瞬間であった。

 放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?わからないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔を見せた。

 それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手を挙げたとき、先生に大きな喜びが沸き起こった。
 少年は自信を持ち始めていた。

 クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。

 先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
 雑然とした部屋で独りで本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!今日はすてきなクリスマスだ」

 六年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようでした。そして、今まで出逢った中で一番すばらしい先生でした。」

 そして卒業後、六年経って、又カードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学できます」

 十年を経て、又カードがきた。そこには先生と出逢えたことへの感謝と、父親に叩かれた経験があるから、患者の痛みのわかる医者になれると記され、こう締めくくられていた。

 「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を救って下さった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕の最高の先生は、五年生のときに担任して下さった先生です」

 そして一年経って、届いたカードは結婚式の招待状だった。
 「どうぞ、母の席に座ってください。」と一行書き添えられていた。

 たった一年間の担任の先生との縁。その縁に少年は無限の光を見出し、それを拠り所として、それからの人生を生きた。ここにこの少年の素晴らしさがある。

 人は誰でも無数の縁の中に生きている。無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。







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